カテゴリー「素敵な・・・」の23件の記事

2008年9月14日 (日)

稲倉棚田の案山子

P9146089_3日本棚田百選の一つ・稲倉棚田で今年も案山子が見れた。長野・松代に向かうときはいつもその様子を伺いに行く稲倉棚田。稲刈りは終わったかなーと思って寄ったら昨年同様に百余りの案山子が。

Photo_8Photo_9Photo_10Photo_11Photo_12Photo_13 「次世代を担う子供達のために、どうしたら良いんだろうか、こうなったら良いな という思いを込めて作りました」と案山子プロジェクトチームによる口上があった。

いつもになく人が多いと思ったら、二三日前に新聞で紹介されたらしい。今年も素敵な案山子を有り難う!

<昨年の記事は、次を!>

http://salty-sugar.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_c1aa.html

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2008年7月28日 (月)

ピンクの処女作

さて、この飲み物は何でしょうか? 

この写真を見る 早朝、畑に行って収穫し、即席で作った代物。 分量は適当。洗い桶一杯分を煮詰めて砂糖1kg、クエン酸は目分量で100g余り入れて出来上がり。仕上がりは、4㍑の焼酎のペットボトルに二本分だから約8リットル作ったことになる。こんなに鮮やかな色になるとは・・・。 

帰宅して、結局は焼酎を入れていただいた。ウーン、旨い! 処女作にしては、上出来!

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2008年3月25日 (火)

嬉しい「温泉水」(?!)

Photo 寒の戻りか今朝は田畑に霜が降りている事に気づくが、余裕がなく写真が撮れなかった。車の温度計はマイナス1度を掲示。電車に乗ったらいつしか周りはガスがかかっている。写真は、二時間後に降りた七光台駅にて。

Photo_2ひんやりとした今日一日だったが、帰宅したら会津のO旅館のご主人から宅急便が届いていた。品名に「温泉水 あさつき 野菜」とある。いよいよ、雪深い西会津も春を告げる「あさつき」「フキノトウ」などが出てきたかと思ったが、「温泉水」にしばし?

Photo_3はて、何だろう? この7年、寒湯治に欠かさず出かけていたのに2月に行けなかったから、詰めて一緒に送ってくれたのだろうか? と思い開けてビックリ。なんと、ご覧の通りのピンクの「濃い味」なるものが出現。開栓したら、「シュパッ」とガスが抜けた。もしかして・・・。

Photo_4 例年、寒湯治の帰りには、「白い」ものをいつも頂いてきていた。と、言うことは・・・・?

さて、これ何でしょう?

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2008年3月 4日 (火)

割烹「新川」にて

Photo超多忙な1週間だった。本日、プロジェクトが全て完了。利根運河沿いの割烹「新川」に繰り出す。

Photo_2竹林の奥にある別館からの、運河沿いの桜並木は絶景で、その時期の予約は1年前から埋まるほど。その季節にはちょっと早いが、「是非ここで!」と私が所望したところ。8年ぶりだろうか?

Photo_3お酒持ち込みの許可を得て、私が提供したのは、「天明 亀の尾 中汲み3号」と「央 黒ラベル」(いずれも、曙酒造・会津坂下町)。F氏が、「八海山 純米吟醸」(八海醸造・南魚沼市)。Photo_4 皆さんに「旨い」と喜んで頂き、うれしい限り。料理も絶品で落ち着いた雰囲気の中、宴は3時間半余り続いた。

終了後は、近所にお住まいのF氏宅に7名でおじゃまして二次会。あまりに居心地がいいので、23:00過ぎまで居座ってしまいご迷惑をかけてしまいました。Fさん、ありがとうございました。

今週末は、ゴールデン・イン・ボーナスで石垣島二泊三日の旅。早朝、6:00台のフライトなので私は蒲田の黒湯温泉に同僚と前泊の予定。身も心も癒し、充電してきます。

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2007年12月 7日 (金)

楽しいドレスコード

Photo今日は、会社の忘年会。早々に仕事を切り上げて、柏のホテルに集合。過日、「赤か緑」のドレスコードの指令が幹事からあったが、さてみんなどんな出で立ちで来るやら。Imgp8085 私は、途中100円ショップに寄ってウケねらいのセーラー服と赤いあめ玉、というダサイズム。上司は、ネクタイ・ハンカチでバッチし決めてダンディズム。

Photo_3Photo_2さて、クイズで盛り上がった後、各テーブルごとにドレスコードの代表者を出し、ベストドレッサーを決めることになる。選ばれた面々は・・・。

Photo_4Photo_5ベストドレッサーに選ばれたのは、我がテーブルの代表・Y嬢。手作りのさりげないリボン、大胆にも仕事中に作ったという本人のコメントが審査員の心を動かしたようだ。Photo_6 お陰で、このポイントが加算され、我がテーブルが総合優勝。ヤッター!!

Photo_7 お開き間際には、美女軍団に請われて(?)一緒に写真撮影。象さんになってしまった私であった。

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2007年10月18日 (木)

今日出会った大木

今日訪ねた東御市・上田市・青木村で欅や桂・杉の大木を見た。樹齢700年から1200年の大木はまさに圧巻であった。

Photo_23Photo_24Imgp6907 まずは、海野宿入口の白鳥神社の神木・欅。樹齢700年。この境内には、五本余りの欅があったが、こぶが何とも力強い。

Photo_25別所温泉の北向観音堂には、夫婦杉と愛染かつら。夫婦杉の樹齢はわからなかったが、愛染かつらは1200年とか。Photo_26 川口松太郎の同名の小説のインスピレーションはこの木からとも言われている。

Photo_27 そして、青木村の欅。

以前から大木に興味を持ってはいたが、これだけ行く先々で見てしまったら、益々気になりだした。

大木探しが始まりそうな予感!!

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2007年4月 7日 (土)

ダヴィンチ展にぜひ!

Photo_108昨日で定期が切れた。今日は、「青春18キップ」の残り1枚を利用して東京に出かけた。上野の東京国立博物館で開催されている「レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像」展を見るのと秋葉原で格安ソフトを買うのが目的。久しぶりに上野行き各駅電車に乗り、約二時間後、上野に到着。

「受胎告知」が見たくて行ったが、長蛇の列の中で「モナリザ」を見たのは何年前だったか? 

Photo_109Photo_110 展示場は二つに分かれていて第一展示場は、この「受胎告知」のみの展示。会場の外にモニターがあって、2分ほどの「受胎告知」に関するビデオが流れていた。荷物のチェックなどを受けて、やっと会場に入る。「モナリザ」の比では全くなかったが、三列での観覧。「立ち止まらないでください」とやたらうるさい。三列目に並んでしまった私だが、筆致が丁寧であまりの美しさに驚く。油絵以前のこのテンペラ画、後世手が加えられていないというのが凄い。

この展覧会は、今年1月までイタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館で開催されていた企画展を日本向けに再構成したものらしく、第二会場での展示のコンセプトが斬新だった。20代で描いた「受胎告知」をダ・ヴィンチの創造世界の始まりにすえ、手稿をもとに制作した模型や映像などを用いて、芸術から科学にわたる広範な試みの全容を紹介している。

天才<ダ・ヴィンチ>の精神活動が私に理解できるはずもないが、この展示を見て感じたことは、完全主義者のダ・ヴィンチは、自然の中で生起する事象の中に調和・均衡・永続性といったものを見出し、普遍的な法則を探求しようとしたのだなー、ということ。そして、その最高位に「絵画」を置いたのだろう。

Photo_111Photo_112この第二会場の展示は、機械工学・流体力学・数学・医学・心理学・演劇・絵画・その他どの分野の専門家が見ても学ぶべきものを見出せるに違いない。公式パンフの出来もすばらい!!

3時間があっという間であった。今日の収穫は沢山あるが、一番は「空気遠近法」を知ったことかな?! 再度行きたいと思った珍しい展覧会であった。

<参考URL> http://www.leonardo2007.jp/highlight/

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2007年4月 4日 (水)

心くすぐる記事三つ

今朝出がけに読んだ『朝日新聞』の「『星の王子さま』原画 日本にも」の記事。「へー!」と驚く。「大切なことって目に見えないんだよ。心の目で見なければ・・」とのFoxの言に目から鱗だった学生時代が懐かしい。当時ESSに所属し、英語の勉強のつもりで「The Little Prince」を買って読んで、嵌った。マルクス主義から決別していく端緒だったかもしれない。

Photo_101 新幹線の車中、車内誌『トランヴェール』4月号を読む。今月の特集は「藩と風土が育てた山形の食文化を旅する」だ。私が仲間と「最上川を下る」をテーマに米沢から酒田へ旅したのは8年前。当時のことが走馬灯のように甦る。されど、今朝この雑誌で感嘆したのは、内館牧子さんが書いている「思い残すことはない」という巻頭エッセイ。こんな内容だ。

「吾死なば 焼くな埋むな野に晒せ 痩せたる犬の腹肥やせ」 

壮絶な和歌である。・・・このすさまじい歌を誰が作ったか、想像がつくだろうか。小野小町である。・・・私はこの歌を知った瞬間、小野小町という美貌の歌人への思いが一変した。それまでは「花の色は移りけりな・・・」と、容色の衰えを嘆くだけの、面白くもない美人だと思っていたが、調べてみるとこんな激しい歌を何首も詠んでいる。中には権勢を欲しいままにした藤原一族を「罵った」歌もあるとのこと。新たな発見をした内館さんは、「わらび座」にミュージカル「小野小町」を書き下ろし、4・14から9ヶ月のロングランになるらしい。

内館流の「小野小町」論に反論もあろうが、「落ち込んだり、捨てばちになったりした時」は、

こまちに乗って、あきたこまちの駅弁を食べ、わらび座の「小野小町」を見るという「小野小町三点セット」をお勧めする、のオチ。壮絶な小野小町にも驚きだが、この人の愛郷心には更なる驚き。

Photo_102 そして3つ目は、新聞広告を見て買った「Newsweek」の「matsuzakaで読み解く世界経済入門」。4月にふさわしい中々いい企画で、副題よろしく「ビジネスニュースの基礎知識が30分で丸わかり」だ。松坂を切り口にして、グローバル化する経済を素描したテリル・ジョーンズ氏に乾杯!!

花冷えする雨の一日だったが(東京は雪だったとか)、文学から経済までなんか、えらく得した気分の今日であった。

<参考URL>

『朝日新聞』の「『星の王子さま』原画 日本にも」

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200704030354.html

matsuzakaで読み解く世界経済入門」 http://nwj-web.jp/contents/index.html

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2007年3月 8日 (木)

サクラ、サク!!

「奇跡が起きました! 受かってるんだけど・・・。」センター試験が思うようにいかず、弱気になっていた長女が最後の最後で一発逆転。見事、第一志望に合格した。いやー、愛でたい! 目出度い!

過日、他大学の合格発表があった日、「この日のために取っておいたお酒を、これでやっと飲める」と言った私に、「まだあるから、もう少し待って!」と言っていた娘。手応えを感じていたのだろうか?

自分の一番得意なもので勝負した受験方式が功を奏したのだろう。E判定からの逆転劇。

Where there  is  a  will , there  is  a  way ” 

Photo_971 慶事に飲もうとMy酒蔵で熟成させていたお酒は、昨年末の「肥前の旅」で寄った窓乃梅酒造「田力王」。純米吟醸酒を所望した私に、社長の古賀醸治さんが薦めてくれた逸品だ。やっと、味わうことができた。ほのかな吟醸香、含んで舌で転がすとスッキリさわやかな味が拡がっていく。東風と梅の花の匂い、窓乃梅のお酒、そして「サクラ、サク!」の知らせ。今宵も、ゴク旨酒とうれしい知らせに、酔いしれた私であった!!

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2007年3月 3日 (土)

ひと安心!

Photo_9599_3春霞の今日は、雛祭り。気温はどんどん上がって午後二時頃には19度もあった。例年ならお雛様を飾り付けるところだが、次女はしっかりインフルエンザに罹り、カミさんも風邪でダウン。今年は無し。

今日我が家の最大の関心事は、長女の合格発表。インターネットでの発表がないので大学まで出かける。発表掲示板がどこかはすぐにわかった。時間をずらして出かけたのに、人だかりだから。近づくまもなく、「あった!」と娘。写真に収めようとする私を引っ張る娘をよそに、しっかりと撮った。Photo_961Photo_960

「写真なんか止めてよ! 落ちてる子もいるんだから・・・」と娘。受かった者の余裕か、他への思いやりか? 書類を受け取る前に、一番心配していた母親に電話する娘。我が子ながら笑顔が素敵だった!

まずは、一安心。この勢いで次もゲットしてくれればいいが・・・!!

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2007年2月22日 (木)

うれしい初春の一日

0222 毎朝6:00に自宅を出ている私。ついこの間まで真っ暗闇の中の出勤であったが、最近は空が明るく、その日の天気もわかるようになった。

今朝の気温はマイナス4度。でも、明るい朝に春を感じ、気も晴れ晴れ!

そして、今日は仕事の方もなぜか早く終わり、夕日が沈む頃には駅に向かうことが出来た。Photo_896

うれしい初春の一日であった。

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2007年2月10日 (土)

農泊のぬくもり

毎年この時期は、西会津で寒湯治。今回は、暦と当方のスケジュールが旨くかみ合わず、3泊4日と短い。今年の1泊目は、グリーツーリズム・コーディネーターのIさん宅で農泊の予定。冬場スッタトレスにしている私の車で行くことになり、安中から関越・外環・常磐道を経由して旅仲間のJさんと新松戸駅で待ち合わせ。実は、もう一人ここに来る事になっている方が・・。数年前、会津坂下町のグリーツーリズムに我々をいざなったもう一人のコーディネーター・Sさんだ。我々にとっては陶芸のお師匠さんであって、「遊」のコーディネーターでもある。前日から上京していて今日帰郷ということだったので、会津坂下までご一緒することに。

常磐道に乗る前に、Jさんが以前作ったビオトープの庭と流山にある近藤勇陣屋跡を見学。幕末研究家を自称するSさんは、多少興奮気味。会津への車中もすぐにSさんワールドで充満。楽しいドライブであった。

Sさんを自宅まで送った後、「豆腐屋おはら」「五ノ井酒店」で土産を買い、「洲走りの湯」で一浴。Photo_8445_4 会津坂下町片門にあるこの湯は、山を背にした田園の中の一軒宿。坂下町に泊まるときはここか「津尻温泉・滝の湯」のどちらかに浸かるが、この湯には何度来たか? 今日はお客さんが一杯いたので、帳場兼居間の炬燵でお茶を頂く。四代目ご夫妻と三代目の女将さんからこの湯の歴史などが聞けて、これまた楽しいひと時であった。泉温20.0℃の冷鉱泉だが、加温掛け流しでよく温まる。pH8.8のアルカリ性硫黄泉だから、つるつるすべすべ。運転の疲れを癒して、今夜の宿に向かう。

Iさん宅は、グリーンツーリズムや農泊でよくテレビで紹介される。先月も突然の取材を受けたばかり。この日Iさんはまだ東京出張から帰っていないので中三の娘さん、小6・小4のご子息が我々二人のお相手をしてくれた。毎週末、農泊を受け入れているのかと思い聞いたら、そうでもないらしいので一安心。お母さん・お子さんたちが見事な連係プレーで、夕餉の準備を進めていく。そして、ごく自然に我々オジンと接してくれ、話が弾む。どうすればこんな素直で素敵な子供に育つのか? 

Photo_845070210komehouse2_1Iさん手作りの囲炉裏をお子さんたちと囲んでさわやかで楽しい夕餉も佳境に入る頃、Iさんが東京よりご帰還。改めて乾杯し、学生時代のことやおいしい米作り・「北限説」などの話を聞く。

070210komehouse3_1 デザートに、飼っている鶏君の卵を使用した自家製プリンを頂いてお開き。懐かしい「湯たんぽ」のチャポンチャポンという音と温もり・・・。Photo_846こうしてIさん宅の温かさに包まれつつ、寝入ったのであった。(Jさん、写真2枚、無断拝借しました。お許しください!)

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2007年2月 9日 (金)

プチ湯治

娘の東京・四泊五日の受験、そして私の気を使う仕事も一段落。

今週末は、毎年この時期に通っている会津・O温泉に行ってきます。

温泉に恋して6年。雪深い会津での寒湯治が疲れを癒し、その後1年間の英気を養ってくれる。6年も通っていると、「ただいま!」「おかえり!」。まさに田舎に帰る感覚だ。

旅仲間のJ・Nのお二人と三泊四日で、まったりしてきます。

携帯も圏外で、モバイル接続も出来ません。しばし、ブログ更新もできないので悪しからず・・・。

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2007年1月 7日 (日)

素敵な結婚式

私とほぼ同じ道を歩んだ甥の結婚式があった。高校は私の母校に進み、部活も同じサッカー。大学でサッカーをやり、今も現役、という点は違っているが・・。

金太郎飴みたいな結婚式が多い中、自分たちで工夫しオリジナルティ溢れた実にさわやかな披露宴であった。驚いたのは、列席者が会場に案内されたら料理とお酒が運ばれてきて、列席者は一杯やり始める。テーブルは16。欧州CLの決勝リーグに進出したチーム名になっている。(ちなみに、私はACミラン)みんながややできあがった頃に、本人達の入場。両家代表の挨拶・・・あれあれ・・・、普段と順番が違う。ことほど左様に、一風変わった素敵な結婚式であった。Photo_746Ac

ウェディングケーキもサッカー場を模したモノ。キャンディーサービスから何から全て「サッカー」をコンセプトにして統一されている。恐れ入りました。

「結婚」というひとまずのゴールを達成し、甥夫婦は次なるゴールに向けて歩み始めた。おめでとう!!

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2007年1月 5日 (金)

「がばいばあちゃん」

昨夜のフジテレビ21:00・「佐賀のがばいばあちゃん」、観ましたか? 笑いと涙の感動のドラマでした。サッカーA代表の試合以外ほとんどテレビを観ない(れない?)私ですが、年末佐賀で知ったこればかりは見逃すまいと、しっかり観ました。

私も母子家庭で育ち、ある時期負い目を感じて生きていたときがありました。貧乏生活も体験しました。自分の過去とダブるところもあり、ティッシュの世話になりました。周りに家族がいなくて良かった!

「通知表は、0じゃなければええ。1とか2を足していけば5になる!」「ケチは最低! 節約は天才!」「今の内に貧乏しておけ! 金持ちになったら、旅行へ行ったり、寿司喰ったり、着物を仕立てたり、忙しか」「拾うものはあっても、捨てるモノはない」「頭のいい人も、頭が悪い人も、金持ちも、貧乏も、五十年たてば、みーな五十歳になる」「幸せは、お金が決めるものじゃない。自分自身の、心のあり方できまるんだ」Photo_742

プラス思考と鋭い観察眼、そして未来への展望・・・。自分の矮小さを痛感した昨夜であった。高崎の図書館で本を探せど、貸し出し中。私と同様の人がいたのだろう。今日から学校が始まった娘二人とここで落ち合った後、書店に行き、本二冊を買ってきた。今日明日で、読もう!

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2006年12月26日 (火)

肥前の旅(3)・・・柿右衛門窯

有田焼は、文禄・慶長の役で連行されてきた朝鮮人陶工達によって作られた。1616年に陶祖・李参平が白磁鉱を発見したのが始まりで、白くて硬い陶石を砕いて粘土にして作られる磁器だ。現在では、成形後に素焼き→下絵付け→釉薬をかける→本焼き→上絵付け→上絵焼きと三回焼く。(陶器は2回、青磁は4~5回)。

Photo_620Photo_621 中でも白地に映える色絵花鳥文を特徴とし、余白の美を追求したのが「柿右衛門」。1643年、初代が赤絵付けに成功、それまでの染付け中心の磁器の世界を一変した。とりわけ濁手(にごしで)と言われる米の研ぎ汁のような乳白色の素地の美しさと赤絵の美しさの調和を大切にした作品は今日、「柿右衛門様式」といわれている。17世紀後半からヨーロッパの王侯・貴族の間でおおいにもてはやされたのが、この柿右衛門で、現当主は14代目。

Photo_622Photo_623Photo_624Photo_625 当主にはお会いできなかったが、柿右衛門窯の支配人・岩崎純二氏が一般には公開していない窯や細工場・絵付けなどの工程を案内してくれた。展示場を抜けて、歩くのを躊躇うくらいきれいに掃かれた庭を進むと使わなくなった窯の壁を積み上げて作った「トンバイ塀」がある。鍵の掛かった木戸を開けると正面に一度の焼きで使う赤松の束が積まれ、その左手に窯。思ったより小さい。Photo_626Photo_627Photo_628 ここで説明を受けた後、右奥に進むと左手が絵付け、右手が成形などの細工場となっている。ここに足を踏み入れて、まず感じたのは庭と同じで、ごみ一つ落ちていないこと。職人魂をみた思いがした。

Photo_629Photo_630社員は40人強、若手が就業時間より前にきて諸準備をするとのこと。高卒で入ってどの部門も一人前になるには30年は掛かるらしいが、皆職人だから給料は腕一つ、年齢は関係ないという。Photo_632Photo_633 絵付けの細かい作業を目の当たりにして、「好きでなけりゃ、できないナー」と実感。

Photo_631全ての工程を経て、完成品が出来るまでの歩留まりは、濁手で1~2割、その他は5割らしい。現在、陶石は扱いやすい天草地方のものを利用している窯が多いらしいが、この窯では自然の作り出す美しさを追求し、今でも泉山のそれを利用している。原料の在庫は、千トンもあるらしい。それにしても、想像だにできない歩留まりである。失敗作は全て産業廃棄物として処理しているとも。カケラでも良いから貰って帰ろうとした同行のT氏。ついに「下さい」とは言えず終い。Photo_634 525Photo_635

一番高い大皿は、なんと525万円。コーヒーカップセットは、云(?)万円。工程の見学と説明を聞き、その値段に納得の一行であった。お銚子セットが欲しかったが、私には手が出ない。と思いきや、同行の一人がコーヒーカップを購入。支配人割引もちゃっかり貰い、しっかりと大事そうに抱きかかえて満面笑みのNであった。Photo_636

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2006年11月 7日 (火)

世界で一つのMy glass

219 先週、沖縄で作ったグラスが今日届いた。包みを開けた瞬間、「ああ、やっぱし・・・」。へそ曲がりの私のことゆえ、決して対称にはなっていず見事に変形し歪んでいる。

でもじっと見ていたら「味があって良いじゃないか!」と思えてきた。透明だったグラスは、沖縄の海のように澄んだ青になっていて、素敵な一品。世界でたった一つのMy glassだ。

My_glass 今日は、沖縄で飲めなかった「オリオンビール」を、とわざわざ買いに行ったが以前置いてあったお店にない。新発売の「贅沢日和」という発泡酒を買い求め、世話になったウチナーンチュに感謝しつつ、My glassで頂いた。「ニヘー、レービタン!」(有難うございました!)

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2006年11月 3日 (金)

うり二つ

Photo_549N氏宅に泊まって、帰宅した今朝。高崎駅で、珍しい列車が入線してきたので写真に撮っていたら、もっと面白い光景が・・・。

帰宅して、伸び続ける瓜を写真に撮ろうとしたら、こちらも面白い瓜が・・・。Photo_550Photo_551

本日の、うり二つでした!!

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2006年9月29日 (金)

なぜ、会津か?

なぜ、こんなに私は会津に行くのか? 20002月、同僚・N氏に誘われた寒湯治が全ての始まりだった。食材を宿に送り、全て自炊しての湯治。五泊くらいしただろうか。一泊3000円ちょっとで、2万円を切る宿泊代の安さ、そしてなにより宿の方の人情に惚れた。その後、山菜狩り・茸狩り・寒湯治など年に3~4回は訪れ、同宿の方や地元の方とも知り合いになり、ほとんど田舎に帰る感覚で訪れる。いまでは、ご主人や女将さんを「おとうちゃん」「おかあちゃん」と呼んでいる。そんな付き合いをさせてもらっている。(男の隠れ家なので、宿は教えません!)

Photo_440この温泉の他に、1年半前から会津坂下町のグリーンツーリズム(GT)との関わりが加わった。それは、昨年2月の寒湯治の帰りに見た一枚の看板・『一生青春』が始まり。 「面白い銘柄だね!」と仲間と話しつつ、帰路いつも寄る会津若松の酒屋さん・「渡辺宗太商店」に行ったら半地下のカーブにその『一生青春』が並んでいた。会社のT嬢へのお土産に買い求めた。会津坂下町の曙酒造が醸すお酒であった。

帰宅後、同行したJ氏から「面白い蔵だ」とメール。ネットで調べたら蔵再生の物語が描かれていて、「応援したい蔵だね」と意見が一致。その3ヶ月後に、酒米・「亀の尾」の田植えのイベントがあることを知り、早速申し込む。以後、稲刈り・新酒試飲会、オプションのぐい飲み作り・味噌作りなどに参加。昨春知った会津坂下町のGT・曙酒造に関わるイベントには、これまで皆勤である。そこで知り合った陶芸人さん・農泊のご主人はじめご家族の方々・町のGT推進担当の方々など輪がどんどん広がり、これまた田舎の友達に会いに行く感覚になってきている。

今日は仕事を少し早めに切り上げて、常磐自動車道で会津に向かう。同行のJN氏とともにいつものO温泉に着いたのは20:30頃であった。一浴後に居間に行き、ビールで喉を潤しているとお父ちゃんがいつもの白いエキス(?)を出してくれた。感謝・感激! しばらくしたら、町会議長のS氏が湯に入りに来た。かつては行く度に会いよく一緒に飲んだものだが、仕事が多忙で会えず、何と2年ぶりの再会。舘岩の新そばが入ったので、明後日、打って持ってきてくれるという。2年ぶりの再会を祝って、宴会の約束。日曜の夜が楽しみだ。

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2006年8月15日 (火)

夏油温泉で湯治(6)―経塚山への登山

5:00に起床。朝からすばらしい快晴。まずは大湯で一浴して部屋に戻る。天気が良いからか相棒も登山に乗り気で出かけることにする。慌ててご飯を炊き、おにぎりを作る。中に入れる具がないので「みそ焼きおにぎり」にした。そんなこんなで出発が遅れ、出たのは7:47。

目指すは慈覚大師が経文を埋めたと伝えられる経塚山。標準行程時間は登り3時間50分、下り2時間50分で都合7時間弱なので、12時前に頂上に着いて昼食を取り、15:00に宿に戻る計算だ。昨日の天狗の岩に至る作業道を15分ほど行くと牛形山・経塚山への登山道に着く。細い山道を登ること数分で分岐に、更に10分程で下界を見渡せるスポットに着いた。Photo_284 こんなに登ってきたかと思えるほど谷が深く、夏油温泉の先に北上の町並みが見えている。5分ほど進んだところがとりあえずのピークでそこから夏油川に向かって下っていく。途中で名も知れぬ沢があり、給水としばしの休憩。ここから夏油川にまで下り、対岸に渡ってから更に登って行くのが経塚山や焼石岳への登山路だ。温泉から沢伝いに登って来れば200m余りの上り下りをせずにすんだだろうが、時間的にはこの作業道コースの方が早いのだろう。

Photo_285 沢を横切り、左手に降りていくと夏油川が見えてきた。渡渉するのかと思っていたら、真っ赤な橋が架かっている。一昨日の「蛇の湯滝」のおばあさんが「経塚山に行く途中の夏油川沿いに湯の湧いているところがあって、昔は入れた」と言っていたのを思い出し、橋の真ん中で周囲を見渡せどもそれらしき形跡はなし。かつては、こんな立派な橋などなかったのだろう。渡渉する際に登山者が湧いている所を見つけて囲って入ったに違いない。諦めて橋を渡るとすぐにロープの張られた岩場があり、ここから急登となるが思ったほどではない。36kmPhoto_286 「経塚山まで3.6km」の標識を左に見た辺りからは九十九折の道でブナ林の中を歩む。第一水場についたのが出発から2時間後。広場になっていて木が横たわり腰掛けられるので、小休止。3本くらい斜面から流れ込んでいる内の一本にコップを差し出して沢水を飲む。ゴミも混じるが甘くて旨い。

Photo_287ここを出てまもなく石庭のような岩の多い地点に来たら急にヒンヤリとした冷風が吹いてきた。空が曇り、雨模様になってきたのかと思ったが、周りをよく見るとダケカンバや栂などが自生し、苔むしている。いわゆる風穴地形の「お坪の庭」であった。第2水場を過ぎた辺りから樹高は低くなり、Photo_288 木道付きの小湿原が現れ、右にトラバースしてやや行くと経塚山の肩にでて、背の低い灌木とお花畑が広がってきた。頂上まではまもなくだが、天気がどんどん悪化してガスが南斜面から吹き上げ、風も強くなってきた。花を撮ろうとしても風に揺れてうまくいかない。登山道も細く笹などに覆われて段差が見えず注意して歩かないと危ない。頂上は近いだろうに中々見えてこず、天気もどんどん下り坂。高山植物をゆっくり撮りたいが、とにかく頂上へと急ぐ。Photo_28917_1Photo_290Photo_291Photo_292Photo_293Photo_294Photo_295

                    

1052、予定より1時間早くたどり着く。往路で3パーティに出会い、時間も時間だから頂上は誰もいないだろうと思ったが、男性が一人いた。ガスに覆われて頂上からの眺望はなし。記念写真を撮ってもらう。Photo_296「眼鏡をなくしたので探してくれますか?」といわれて探す。結局本人が見つけたが、これを機に色々話す。「焼石岳や牛形山など何にも見えないね!」というので私は、「日本第2の高峰・北岳に何度も行きながら一度も晴れ間を見たことない。まさに“来ただけ!”」なんて冗談を飛ばしたり、6月下旬に行ったあの過酷な八ヶ岳山行の話をしたら、その方も6月初旬に行ったらしい。八ヶ岳は、「南から登って編笠山・権現岳・赤岳のコースが面白い。私は権現岳が好きなんです」って言ったら、すごく興味を持たれたようで、すっかり盛り上がってしまった。「山の話を始めたらキリがないねー!もっと話したいが、秋田まで帰るので私はこの辺で・・・」と言って下山して行った。天候悪化が予想されたことや風が強いので、簡単なレーション程度で昼食に換え、我々も下山することにした。時計は11;20を指している。頂上にいた時間は27分間であった。

下山からほぼ40分後、第一水場で再びその方に会う。一緒に写真を撮り、後は3人で話しながら一緒に下山。その方は秋田県男鹿市のYさんという方であった。私より若そうに見えたが、暦年齢は10余り上だった。毎日人生を謳歌して活き活き生きている方は若い! 山での出会いってなんて素敵なんだろう!!

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2006年8月 1日 (火)

2006中仙道祭り

今日も大宮駅周辺が賑やかだった。Photo_145Photo_146Photo_147 御輿や山車が出て、なにやらパレードが行われている。今日と明日の二日間、中仙道祭りがあるらしい。メインとなる明日は御輿揃い渡御、山車揃い巡行、民踊輪踊り、阿波踊り、ステージイベントが行われるらしい。

Imgp1824 いつものソフマップに寄るつもりが、音に誘われてパレードと一緒にカメラ抱えて回ることになった。しかし、このイベントのことを知らず、長女と高崎からの電車の待ち合わせの約束をしてしまっていて、長居が出来ず残念。(つまり、安中駅から自宅へのアッシー君をやってる訳です)Photo_144

明日は、存分に祭りの姿を追っかけようっと!!

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2006年7月31日 (月)

太鼓の魅力

ブログネタを考え、東武線の車中で書き始めていたが、大宮の乗り換え時に太鼓演奏に出会ってしまった。「子供フェスタ お囃子&太鼓」と銘打ったイベントの、トリにでてきたのが「ヒミコ」という黒一点のグループ。これが中々凄い迫力で、魅了され、乗るべき新幹線を一本遅らせてしまった。これで、予定稿はボツ。

Photo_141Photo_142 ここで再現できないのが、もどかしい。デジカメの機能もよく理解していなくて、映像で保存したつもりが出来ていない。残念!! せめて、写真で! 司会者によれば、世界大会への出場も決まっているグループとか。帰宅してネットで調べたら、次がヒットした。

女流和太鼓「婢弥鼓」

女流和太鼓・婢弥鼓は、1985年2月、日本でも数少ない女性だけのグループとして誕生いたしました。
邪馬台国を支配した謎の女帝「卑弥呼」よりその名を借り、和太鼓の持つ “力強さ”、“勇壮さ”に女性ならではの“優雅さ”、“華やかさ”を重ね、今までにない、太鼓の世界を開き、築いて行くエネルギッシュなグループです。
Photo_143 これまでにも「バレーボール・ワールドカップ」、「ミスインターナショナル世界大会」、「大阪女子マラソン」、「国際花と緑の博覧会」等々、各種イベント、TV出演、学校公演、太鼓の指導と日本中を駆け回り、またカナダ、オーストラリア、シンガポール、中国、台湾等、海外での演奏を通し、日本の持つ伝統を深め好評を得ております。

果たして、私が魅入ったグループは、これだったのか? 3

見ながら、娘にも太鼓やらせたい!! と思った親爺であった!

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2006年7月28日 (金)

粋な看板

Photo_134よく通る二つの道にある看板。一方は千葉県・野田市、他方は群馬県・倉渕村(現・高崎市)。 Photo_135

よく見かける「スピード落とせ」の看板だが、後者には住民の心のゆとりと豊かさが感じられる。

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