カテゴリー「サッカー」の12件の記事

2008年12月12日 (金)

寝ても覚めても「サッカー」

昨日締め切りの二本の原稿を仕上げて迎えた今日、年明け10日の対戦相手が決まった。なんと初戦は第4シードのチーム。この間、自分なりに勝つための戦略を色々考えてきたが、根本から組み替えねばならない。うれしい、悲鳴である。

Imgp4658_7 大宮の書店に寄ったら、『バルサ流トレーニングメソッド』なる本が目に付いた。スペインのFCバルセロナのスクールコーチ・村松尚登氏の書いた本だ。薄くて1600円もするが、「戦術的ピリオダイゼーション理論」と言うものが、私の以前から考えていたものと合致していたので購入。

さて、明日からの練習メニュー,そして本番に生かせるや?

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2008年11月23日 (日)

伸びしろ!!

いやー、こんなにも成長するものか? 感動の二日間だった。結果は、昨日は「1-0」、そして今日は「0-0」延長「0-0」。PK戦6-5の勝利。一番不安だった守りが失点ゼロに抑えてくれたのが大きい。点を取られなければ、とりあえず「負け」はないことを証明してくれた。そして、この1週間、練習の最後に一人1本、本番を想定してやらせたPK。それが功を奏したのだろう?

前線からの早いプレスでコンパクトな守備、攻撃はグランドを大きく使って手数を掛けずに早い攻め、というコンセプトを各選手が忠実に実行し、相手に思うようなプレーをさせなかった。何度も決定機を作りながら決めきれなかった詰めの甘さはあるが、選手はよくやってくれた。見違えるようにピッチを駆けめぐっていた。

顔と名前が一致しなかった1ヶ月前から選手のプレーを見ての能力の見極め。適材適所のポジション決めと指示。不十分な点がままあったが、この二日間でほぼつかめた。年明け1/10の本戦でサプライズを起こすべく、新たな挑戦がまた始まる。

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2007年12月16日 (日)

酔いしれる

午前中は、家の大掃除。夕方からはテレビ視聴と、珍しく在宅の一日。

先ずは、浦和レッズが出場したクラブW杯3位決定戦。アフリカ王者のエトワール・サヘル(チュニジア)とのゲーム。ワシントンの2得点の活躍と選手の気迫あるプレーが印象的。

Photo_6そして夜は、ホタテのバター焼きをホッピーで頂きながら、欧州代表のACミラン(イタリア)と南米代表のボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)の優勝決定戦を見る。Photo_7 ミランの堅い守りと圧倒的な攻撃力に感動。サッカーだけじゃなく、大部酔いしれて、撃沈の私であった。

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2007年9月 3日 (月)

クラマー氏の教え

テレビ朝日「報道ステーション」で松岡修三氏が担当している企画が面白い。過日見たのは、マサカリ投法・村田兆治氏の140キロへのこだわりと少年野球・島への思い。そして今日は、6月にこのブログで書いたサッカーのクラマー氏だった。(6月6日「その時・・・」参照)

Photo サッカーの基本中の基本・インサイドキックもろくに出来なかった当時の代表選手達。ヘディングが下手だと名指しで指摘された現在の川淵チェアマン。その彼が東京オリンピックでヘディングを決め、あのアルゼンチンに勝った事実。「北海道熊」と揶揄された釜本選手が、得点王になり日本サッカーの出発点となったメキシコ・オリンピックでの銅メダルなどなど。下手な日本の選手たちが、クラマー氏の真摯な姿勢にひきつけられ、敬意と尊敬の念を持って教えに忠実に「労を惜しまず走るサッカー」「骨惜しみをしないサッカー」「走りながら考えるサッカー」を展開し、Photo_2 クラマー氏に「あれほどまで消耗した選手の姿は、あの時以外世界中のどこでも見たことがない」と言わしめたメキシコ・オリンピックの三位決定戦。この再来は、あるのか? いや、あって欲しい!

松岡さんは、「一生懸命日本のことを理解しようとしたから選手がみなついていった」と語っていたが、スポーツ以外の仕事でもそれは言えることではないか。

そんな自分でありたい!!

(ちなみに、今日の『読売新聞』朝刊「高校グラフテー」では、私が一度も勝てなかった岩手のサッカー名門校・(盛岡商業・遠野高校)が紹介されています)

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2007年7月25日 (水)

「かもしれない」じゃなく「だろう」の動き

アジアカップ・サウジ戦の前半が終わった。中々いい戦いをしているが、ワンテンポ動き出しが遅い、というのが私の感想。

車の免許講習で「かもしれない運転」が大事、と教わったはず。でも、今日のサッカーを見ていたら、全く逆で「だろう運転」が大事と私は思う。ここに来るはず、と動き出さねば・・。

さて、もう少しで後半が始まる。前半の戦いが進化すれば、勝利は間違いないと思うが・・。

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2007年7月24日 (火)

一気一読、そして・・・。

面白雑誌を求めて大宮の書店に寄れど、今日はなし。新書コーナーを見ていたら、眼球にぐぐーっとクローズアップされたものあり。Photo_416 原島由美子『オシムがまだ語っていないこと』朝日新書。出たばかりなのに知らなかった。即座に購入。帰りの新幹線や信越線、待ち時間などに没頭していて、知り合いが目の前にいたのに気づかなかったようだ。帰宅しても読み続け、200ページ弱を一気に読了。

目新しいことはあまりなく、木村元彦『オシムの言葉』(集英社)のインパクトほどではないが、オシム語録には学ぶこと満載だ。

私なりの言葉に言い換えるなら、「現実から謙虚に学び、考えろ! そして自発的に動け!」ということか?! 私の大学恩師の「自分の頭で考えろ!」に通ずるものあり。

さて、明日のアジアカップ準決勝・サウジ戦、そしてなにより終わったあとの記者とのやり取り・オシムの語りが楽しみだ!

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2007年7月21日 (土)

リベンジ

Photo_404 今月はじめに飲んだ「福乃友」(秋田・福乃友酒造)。酒米が何かもわからず、味もいまいちだったが、今日富岡のお店でその蔵の「純米吟醸酒」を見つけ、リベンジのつもりで買ってきた。秋田県の酒米第1号「信交」を復活させて醸したお酒のようだ。酸味が心地よくて中々旨い。

いま、サッカーのアジア杯・オーストラリア戦を見ながら頂いている。前半は0-0で終了。

「福乃友」のごとく、W杯のリベンジは可能とみたが、どうなるか? 

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2007年6月 6日 (水)

「その時」、そして・・・。

Photo_23422:00前に帰宅し、一杯やり始めたらテレビから「クラマー」氏のことが流れてきた。NHKの「その時歴史が動いた」だった。今日の内容はまさに、私の青春時代そのもの。長島茂雄に憧れ野球少年だった私が、サッカーをやり始めたのが、あのメキシコオリンピックで日本が銅メダルを獲った年だった。

Photo_235 「蹴ったら走る」というクラマーの教え。今のオシム・ジャパンと言わずサッカーの基本だと私は思っている。ちゃんとした指導を受けたことはない私だが、A代表の動きへの私なりの不満はかなりある。私のサッカーの原点でもあったクラマー氏の指導を見ていて、改めてクラマー氏の教えの正しさと今年の高校サッカー選手権優勝校・盛岡商業、そしてオシム・ジャパンに通底するものを感じた。

原点への回帰。そして新たな創造への模索。これが今、問われているのだろう!!

オシムと言わず名将は、名言を吐く。

「私はサッカーが好きなのではない。心から愛している。なぜならば、サッカーは少年を大人に育て、大人を紳士に育て上げるスポーツだからだ」(クラマー)

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2007年1月 8日 (月)

やったー! 盛岡商優勝!!

Photo_754 全国高校サッカー選手権で、我が郷里の盛岡商業高校が優勝した。昨日の結婚式会場でも大分話題になっていた決勝戦であった。新幹線に乗る前に、ゴールを決められ0-1で負けていたからダメだと諦めていたが、車中でIモード検索して逆転優勝を知る。岩手出身者としては、こんな嬉しいことはない。

35年前、県の国体予選決勝でこの盛岡商と対戦し、3-5で敗れた記憶がある。私は怪我もあり、その試合には出ていないが・・・。当時盛岡商のゴールキーパーは、日立に入りA代表にもなった瀬田選手だったと思う。岩手の高校サッカー界は遠野・盛岡商が双璧で、私らは一度も勝ったことはなかった。今回の盛岡商の監督は、元鹿島アントラーズの小笠原選手を育てた斉藤監督。走ることの大切さを教え込んだ人のようで、A代表のオシム監督にも通ずるところがある。Photo_755

岩手のサッカーの裾野とレベルが向上したのかどうかは知らないが、度重なる慶事によき一年を感じ、花巻で買ってきた「菊の司 無濾過生原酒 亀の尾仕込み」(「菊の司酒造」岩手・盛岡)で祝杯を挙げたのであった。

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2006年7月12日 (水)

「カスバの女」とジダン

40年以上前に流行った歌に「カスバの女」というのがある。作詞家の大高ひさを氏が、戦前見たフランスの名作映画『望郷』とか『外人部隊』の名場面を下敷きに書き上げたものらしい。こんな歌詞だ。

1 涙じゃないのよ 浮気な雨に
ちょっぴりこの頬 濡らしただけさ
ここは地の果て アルジェリヤ
どうせカスバの 夜に咲く
酒場の女の うす情け

2 歌ってあげましょう わたしでよけりゃ
セーヌのたそがれ 瞼の都
花はマロニエ シャンゼリゼ
赤い風車の 踊り子の
いまさらかえらぬ 身の上を

3 貴方もわたしも 買われた命
恋してみたとて 一夜の火花
明日はチェニスか モロッコか
泣いて手をふる うしろ影
外人部隊の 白い服

Photoジダンの頭突きを呼んだマテラッツィの発言を巡って、いろいろ取りざたされているが、なぜかこの唄が思い起こされた。

ジダンの両親は、ここで「地の果て」と歌われているアルジェリア出身で、宗主国・フランスへの移民者だ。ジダン自身はマルセイユ生まれで、彼が生まれる10年前(1962年)にアルジェリアは独立している。「自由・平等・博愛」を謳うフランスだが、移民者が共生(階級?)社会の中で受けた差別はいかほどのものであったか。

フランスには、反人種差別団体・SOSラシスムという団体がある。ルーブナ・メリアンヌ自由に生きる――フランスを揺るがすムスリムの女たち』(社会評論社)で有名になった団体だ。この団体や読唇術の専門家の話を掲載した英紙タイムズなどの情報を総合するとマテラッツィの人種差別発言は、「テロ売春婦の息子。くたばれ」と言ったというのが濃厚だ。

ジダンの両親の祖国・アルジェリアは、イスラム教が国教で99%がイスラム教徒。その宗教と移民者の来歴を侮蔑する発言だったのだろう。

SOSラシスム(Racisme)の副会長になっている(おそらく?)ルーブナ・メリアンヌが主導するアラブ系女性運動のスローガンは、「売女でもなく、忍従の女でもなく」だ。尊敬し、愛する母を侮蔑され、地団駄踏むどころか果敢に正面から一撃を食らわし、毅然としていたジダン。

しかも、全世界注視の中でそれをやってのけたジダン。現代版「パンと見世物」と化したW杯の決勝の場でやったジダンに、人間としての譲れない矜持を見た。

(「カスバの女」の曲を聴きたければ、二木紘三さんのwebへどうぞ。)

http://www.duarbo.jp/versoj/v-sengokayou/kasubanoonna.htm

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