「15の夜」から「手紙」へ
昨年のNHK全国学校音楽コンクール(Nコン)中学校の部の課題曲だったアンジェラ・アキ さんの、「手紙~ 拝啓 十五の君へ~」に関わるドキュメンタリー放送があった。恐らく今年の中学卒業式で一番歌われたのだろう。これを見て感じたことをいくつか・・・。
「手紙」と言って岡林信康を想起してしまうのはおじさんに違いない。あの歌は部落差別をテーマとしたものだったが、アンジェラ・アキ さんのそれは「思い悩む自分」が未来の自分に宛てて書き、「優しく振り返れる自分」が返信した形を取る思春期をめぐるものだった。
「誰にも話せない悩み」を抱え、「負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕」が「苦しい中で今を生きている」。そんな15歳の悩める僕に、「自分とは何でどこへ向かうべきなのか 問い続ければ見えてくる」「自分の声を信じ歩けばいい」「笑顔を見せて 今を生きていこう」と未来の自分が語る。とても単純だ。この歌が多くの中学生の共感を呼び、歌い継がれるのはなぜなのか?
私が、「尾崎豊の歌に見る『青年期』」と銘打ったプログラムを始めたのは、今から丁度20年前だった。今では高校の「現代社会」や「倫理」などでも取り上げられるようになり、隔世の感がある。尾崎の『15の夜』では、「誰にも縛られたくない」「やり場のない気持ちの 扉破りたい」と「家出の計画を立て」たり「盗んだバイクで走り出」したりして「自由になれた気がした」が、結局の所「自分の存在がなんなのかさえわからず震えていた十五の夜」が描かれていた。そして『卒業』では、「あと何度自分自身卒業すれば 本当の自分に辿り着けるだろう」と自分に問うていた。
尾崎は、自分を縛り付け、支配しているのは学校や大人・社会等の社会的規制ではなく、自由を求めながらも「自分の存在がなんなのかさえわからず震えていた」不自由な自分自身だったことを自覚していたのだろうか? 彼が歌った「支配からの卒業 闘いからの卒業」とは、実のところ外的規制からのそれではなく、内的に自分を縛り付けていたものからの卒業だったに違いない。「本当の自分」(=アイデンティティーの確立した自分)をつかむ課題がそこにはあった。
「15の夜」から「手紙~ 拝啓 十五の君へ~」まで、25年が経過した。送るメッセージは違ったように見えて、今でも変わらぬ永遠のテーマがここにはあるように思うのは私一人だろうか?
アンジェラ・アキ さんの「手紙~ 拝啓 十五の君へ~」は、次のyoutubeからどうぞ!
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