カテゴリー「音楽」の3件の記事

2009年3月27日 (金)

「15の夜」から「手紙」へ

昨年のNHK全国学校音楽コンクール(Nコン)中学校の部の課題曲だったアンジェラ・アキ さんの、「手紙~ 拝啓 十五の君へ~」に関わるドキュメンタリー放送があった。恐らく今年の中学卒業式で一番歌われたのだろう。これを見て感じたことをいくつか・・・。

「手紙」と言って岡林信康を想起してしまうのはおじさんに違いない。あの歌は部落差別をテーマとしたものだったが、アンジェラ・アキ さんのそれは「思い悩む自分」が未来の自分に宛てて書き、「優しく振り返れる自分」が返信した形を取る思春期をめぐるものだった。

「誰にも話せない悩み」を抱え、「負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕」が「苦しい中で今を生きている」。そんな15歳の悩める僕に、「自分とは何でどこへ向かうべきなのか 問い続ければ見えてくる」「自分の声を信じ歩けばいい」「笑顔を見せて 今を生きていこう」と未来の自分が語る。とても単純だ。この歌が多くの中学生の共感を呼び、歌い継がれるのはなぜなのか?

私が、「尾崎豊の歌に見る『青年期』」と銘打ったプログラムを始めたのは、今から丁度20年前だった。今では高校の「現代社会」や「倫理」などでも取り上げられるようになり、隔世の感がある。尾崎の『15の夜』では、「誰にも縛られたくない」「やり場のない気持ちの 扉破りたい」と「家出の計画を立て」たり「盗んだバイクで走り出」したりして「自由になれた気がした」が、結局の所「自分の存在がなんなのかさえわからず震えていた十五の夜」が描かれていた。そして『卒業』では、「あと何度自分自身卒業すれば 本当の自分に辿り着けるだろう」と自分に問うていた。

尾崎は、自分を縛り付け、支配しているのは学校や大人・社会等の社会的規制ではなく、自由を求めながらも「自分の存在がなんなのかさえわからず震えていた」不自由な自分自身だったことを自覚していたのだろうか? 彼が歌った「支配からの卒業 闘いからの卒業」とは、実のところ外的規制からのそれではなく、内的に自分を縛り付けていたものからの卒業だったに違いない。「本当の自分」(=アイデンティティーの確立した自分)をつかむ課題がそこにはあった。

「15の夜」から「手紙~ 拝啓 十五の君へ~」まで、25年が経過した。送るメッセージは違ったように見えて、今でも変わらぬ永遠のテーマがここにはあるように思うのは私一人だろうか?

アンジェラ・アキ さんの「手紙~ 拝啓 十五の君へ~」は、次のyoutubeからどうぞ! 

http://www.youtube.com/watch?v=UP6STGazeIw&feature=email

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2007年8月14日 (火)

三味線三昧

Photoこの旅の閉めは、津軽三味線ライブ。弘前にライブハウスはいくつかあるが、二度目のN氏が選んだのは、「杏」。津軽三味線選手権第2回優勝者の「多田あつし」さんを中心に新進気鋭の奏者が日替わりで登場する。提供されるお酒や肴もこだわりの逸品のようだ。予約した18:00に行くと普通の居酒屋風でどこに演奏するスペースがあるのだろうかと疑うほど広くはない。席はすでに半分くらいは埋まっていた。

Photo_2 Photo_5 ライブは30分ほどで一日2回。19:3021:00から入れ替え制で行われる。時間まで天然牡蠣やほやなど津軽の自然の恵みを肴に、「じょっぱり」を頂く。

Photo_3 演奏者の写真が掲示されていた。若い女性が大半。さて、今宵の演奏者は誰なのだろうか? 期待が膨らむ。19:30少し前に、二人の演奏者が現れた。多田あつしさんその人と若い女性だった。演奏場所は、入口を入ってすぐのたたき付近。「隣にいるのは、いま13歳で・・・」「えーッ!」とどよめきが・・。Photo_4 中学二年生だという。娘さんではない。80人近い門下生の一人で、4歳から三味線を弾いている天才(?)少女。近々、二人のジョイントでTVにでる予定とか。

津軽じょんがら節の粋のいい演奏から始まったライブ。途中、津軽三味線に関するクイズを織り込んだりしながら、あっという間に30分が経過。やっぱり、生演奏は迫力が違う。Photo_6 終わったときには、隣の方とすっかり打ち解けてしまってご覧の通り。秋田からのご夫婦だった。さっきまで一言も話さなかったのに・・・。三味線の不思議な力か「多田あつし」さんの温かさか?

Photo_7Photo_8 興奮冷めやらぬまま、バスの時間までもう一軒行くことにし、「山唄」に行くと運良く空きがあった。開始は21:30からということで、20分しか聞けないが途中退席してもいいか聞いてOKが出たので、席に着いてまた一杯やり始めた。何とう曲から始まったのか覚えていない。こちらは落ち着いた大人の雰囲気の曲。二曲終えたらさっきまで我らに肴を運んでいた彼女が舞台へ。Photo_9 福士?さんと紹介されていたから、山唄の福士りつさんの娘さんかも。彼女の唄が終わったところでちょうどバスの時間が来たので、退席し精算していたら彼女がわざわざ来て、見送ってくれた。感激!

バスターミナルに着いたのは、出発8分前。危ない・あぶない・・。トイレをすまし、バスに乗り込んだのが3分前であった。1週間の津軽湯治紀行も今日でおしまい。今回もなかなか濃い旅であった。定刻通り出発したバス。私は、弘前の夜景を見る間もなく、いつしか夢の世界へ旅立っていた。

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2007年1月24日 (水)

三陸の早春賦

義兄がCDを送ってきてくれた。オマケまでつけて・・・。

二度の脳内出血から復活したジャズピアニスト・本田竹広が、亡くなる前年に紀尾井ホールで行ったリサイタルを収録したアルバムだ。最初の曲は、ベートーベンのピアノソナタ第14「月光」1楽章。最後は、「ふるさと~父の歌」。なんとこの「父の歌」というのが、実は我が母校の校歌である。彼のお父さんが作曲者であった。在学中そんなこととはつゆ知らず、大学時代にジャズを聞くようになってから本田竹広が宮古出身だと知り、ひょっとして? とは思ってはいたが・・・。1_7

甥の結婚式の時、このアルバムを私が持ってないと言うのを聞いた義兄が送ってくれた、というわけ。この義兄、すごい音楽通で歌もうまい。おまけで、一緒に送ってくれたのが「岩手弁 方言詩の世界 笑いと涙編」というCD。これがまた、その名の通り、笑いと涙の感動もの。方言の内陸部と沿岸部の違いはあるが、実に面白い。

「我々は、一人残らず初めて日本語を学んだのは母からであった」(柳田国男)。「国語とは、陸海軍を備えた方言である」(マックス・ワインライヒ)。これは、いずれも田中克彦『ことばと国家』(岩波新書)の一節である。

送ってもらった2枚のCDに、くに(郷)[決して、国ではない!!]の風を感じ、浸った私であった。

Photo_794Photo_796 そして、もう一つのおまけのメカブ。「早春の三陸の味をご賞味ください」と義兄の添え書きにある。湯に「サッ」と通すと赤茶けたそれが、見事にエメラルドグリーンに変わり、磯の香りが漂う! これを醤油ではなく、シベリアと与那国島の塩で味比べ。ウーン、ウッ旨い!!

Photo_795京都の『月の桂 にごり酒』(増田徳兵衛商店)を飲みながら、こうして三陸の早春賦を一人味わったのであった。(幸福至極!!)

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