カテゴリー「旅行・地域」の69件の記事

2009年11月29日 (日)

講演に先立って

昨日は、遅れていたサトイモの収穫と玉葱の植え付け。それは終えられたが、農作業自体は予定の2/3しか出来なかった。

_1_4今日は原稿を1本仕上げようと思い、いつもの六合村・応徳温泉に向かうつもりが、昨日の屈んだ作業で腰が痛いので、急遽、長野・松代の加賀井温泉に変更。八時過ぎに家を出る。上田市・稲倉の棚田を経て、加賀井温泉・一陽館に着いたのは、10:30頃であった。

Photo_3 今日は、大分込んでいた。二階の休憩室には炬燵が九つあるが、既に七つが埋まっていて空いていたのは入口付近の二つで、テレビの隣に陣取る。ふと、本棚に眼をやると、雑誌や新聞に混じって、政治関連の単行本が置いてあり、なんとその大半が田中秀征氏の本であった。

Photo_4実は、来月2日(水)、田中秀征氏の講演会に参加する予定だったので驚く。なんでここに? しかも5冊も・・・。[『さきがけと政権交代』東洋経済新報社(1994)、『田中秀征の論跡』近代文芸社(1995)、『時代を視る』ダイヤモンド社(1995)、『この日本はどうなる』近代文芸社(1997)、『舵を切れ-堅実国家への展望』朝日新聞社(1999]

Photo_5めくってみたらなんと、三冊に著者のサインがある。十数年前、この加賀井温泉・一陽館に浸かりに来ていたのか? おばさんに聞いたが、勤め始めたのが10年前からなので知らないという。

原稿を仕上げるつもりが、結局、これらの本を読む。思いがけない田中秀征氏との出会いであった。読み終えることが出来ず、2冊ばかり借りて帰宅。

田中秀征氏の講演を聞くのは、二度目となる。時代の転換期に日本の政治をマクロの立場から動かしていた氏が、かつての盟友で現首相・鳩山氏の政治をどう語るか、楽しみは尽きない。借りてきた2冊の本をこの一両日で読み、二日に備えよう!

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2009年11月20日 (金)

九条ねぎラーメン

今日は、低迷する労働環境をめぐる研究協議で松戸へ出張。各営業所とも種々問題を抱えている中で、我が所はまずまずの業績と胸をなでおろす。Haramatudoさんの所は、抜群の業績。さすがである。

Dsc01618午後からの協議を前に昼食。前夜飲み過ぎたせいか「九条ラーメン」の看板に惹きつけられて入る。太麺・細麺の二種類あるらしいが、細麺をいただく。出汁は、魚介系。まずまずのお味であった。

Dsc01620 その後、レトロな街並みを求めて周辺を散策。旧赤線地帯に向かったはずが、どうやら道を間違えたらしい。でも、ビルの一角で昭和を感じさせてくれる建物を発見して嬉しくなる。

午後の協議には職安の方も加わり、ほぼ予定通りの時刻に終了。新幹線の定期が切れていたので、帰社せず上野に向かい、高崎線の各停で二時間あまりかけて帰宅。久しぶりに早い帰還であった。

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2009年11月14日 (土)

草津から熊の湯へ

国道の日本最高所がある志賀草津道路は、冬季閉鎖になる。今年は11月16日からだと知り、行ける最後のチャンスとばかりに向かったのは、渋峠の先にある熊の湯ホテル。エメラルドグリーンの硫化水素泉が私はたまらなく好きで、年に何度か訪ねている。

_1_13安中は小雨だったが、浅間隠温泉郷付近では雨は上がっていた。R406号の須賀尾峠を下ってR145号に出て、大津の交差点から292号で草津に向かう。草津節のメロディーポイント付近に来たらまたまた雨模様。_1_6_1_4 草津の町を抜けたら紅葉は既に終わり、冬の気配。ガスも段々ひどくなり視界は15mくらい。熊の湯ホテルに着いたのは、13:00近かった。

_1_8_1_9_1_7紅葉は終わり、スキーシーズンにはまだ早い。ホテルの駐車場に車はほとんどなく、ホテルも閑散としていた。私にとっては、願ったり叶ったり。案の定、先客は一人で、まもなく上がったからMy温泉に。好きな温泉を独り占めだ。_1_10 真綿に包まれたようなエメラルドグリーンの湯、ほのかな硫化水素臭とカルシウムの甘い香りは、身も心もとろけさせてくれる。最高の癒しである。湯上り後も、身体についた甘い湯香がまた幸せな気分を増幅させてくれる。

_1_11_1_12 多忙だった秋のイベントも全て終わり、冬に向かうわが身を見事に再生させてくれた熊の湯温泉に感謝!! 帰路は、平床大噴泉にちょっと寄り、中野・須坂・真田・東御・軽井沢を回って帰着。

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2009年11月 8日 (日)

倉渕・道祖神の里めぐり

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昨年は仕事で参加できなかった旧倉渕村の「第8回道祖神の里めぐり」に出かけた。今年は、てんこさんも一緒だ。九時過ぎに倉渕中央小学校に着いたが、既に100人以上の列。今年の参加者は、358人らしい。10人余りで1グループとなり案内してくれる。待つこと30分余り。_1_6やっと順番が回ってきた。_1_5案内役は、倉渕中学校の二年生・K君と1年のIさん。隠密マニアルにない質問にも答えてくれるすばらしいガイドであった。

_1_3_1今年は、約6キロの「権田コース」で、3時間半の行程。まずは、学校裏手の馬頭観音からスタート。近くにはこんな花も。_1_9_1_11塚越下の道祖神から椿名神社の道祖神まで10箇所15体の双体道祖神に出会うことが出来た。

371_1 男神と女神が雛人形のように座っている元禄時代に造られた元禄雛型の道祖神や杯を三段重ねした祝言系の道祖神など他地域には無い倉渕独自の珍しい双体道祖神が見れた。_1_4372_1肩を組み袖の中で手を握りあっている像(花輪上と上ノ久保上)は、姿態がシンメトリーで美しかった。

_1_2今日の一番のお気に入りは、水有の二体。中でも右の道祖神。 意味ありげなものを握り締め、恍惚状態(?)の女神、その隣では健やかな顔立ちの男神が合掌している。うーん、えもいわれぬ素敵な双体道祖神であった。

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2009年10月18日 (日)

「秋山記行を読みとく」シンポジウムー2-

_1Img_0955_1 二日目の発表が始まる前に、全国でも珍しい結東の石垣田を見学。稲刈りは既に終わっていたが、思ったより一枚が大きく、かつ数も多かった。その後、会場に程近い社へ。二十三夜塔や庚申塔など石仏を見学。

_1_23_1_24今日は、新田康則氏の「秋山郷のかたち~開かれた秋山像に向けて~」から始まる。伝統的な景観や民俗の残る特殊な地などと語られることの多い「秋山」は、「北越雪譜」の初篇に秋山記行のエッセンスが掲載され、「北越雪譜」の大流行によって秘境のイメージが増幅・固定化され一般化したが、果たして他地域と隔絶した社会だったのか? 牧之が來村する前に創建された屋敷の薬師堂には、出雲崎の寄付者なども記載されていることなどを例に、周辺地域との交流はあったし、妻飾りなど住まいの共通性から見ても、流行のタイムラグを捉えて「特殊だ!」といっているのではないか? 新たな視点の提示である。

_1_4_1_8次いで大楽正和氏の発表は、「病・死・祈り―秋山の信仰世界」。牧之が記述した疱瘡除けや注連縄、黒駒太子から秋山の信仰世界を読み解いてくれた。_1_9とりわけ太子信仰の広がりの例として岩手県中南部に分布している引導仏信仰「まいりの仏」や善光寺信仰との関わりに言及。第三のキーワード「祈り」では、「十二山の神」「樹木と信仰」について語り、大木が神木として信奉されていたと報告。私は、その神木が結界や塞神の役割も果たしていたのではと考えるが、いかがか?

_1_25_1_13_1_11 お二方の発表後、秋山郷探訪ということで見倉にマイクロバスで移動。万延元(1860)年の庚申塔を見た後、集落方向に歩いているとマムシ花を発見。道路の反対側には、正真正銘の蛇が出現。

_1_14_1_15_1_22 新潟民俗学会の生みの親・小林存碑の説明を受けたあと、集落を散策。そばやこんにゃく玉が収穫され、稲のハサがけも。この横の棒は太い方が風通しが良いからいいらしい。なるほど。_1_17_1_16その後、風穴を利用した自然の冷蔵庫に案内された。中に入ってみたら確かに涼しい。その左には、椅子が。後ろからかすかに冷気が出ていた。暑い夏、農作業の合間にここでしばし涼んだのだろう。自然を生かし、利用尽くしたのどかな農村風景があった。

_1_18_1_19_1_20秋山で私が気になっていることに、屋根の形状がある。いわゆる「グシ」だが、「大工がその形を競っているのでは・・・」という方がいたが、果たしてどうなのやら。_1_21 シンポジウム会場近くの中門造りの家の屋根は、エアサイクルになっていると思うがどうでしょう? 見倉の家屋の破風飾りには「寿」「水」などと書かれていた。またまた、来る楽しみが増えた。

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2009年10月17日 (土)

「秋山記行を読みとく」シンポジウムー1-

_1_1_2越後・塩沢出身の鈴木牧之が十返舎一九の勧めで訪ね、書いた「秋山記行」。そこを旅したのは、文政11年(1828)の晩秋、旧暦9814の六泊七日。_1_14 新暦では、丁度今頃だ。折りしも新潟県・津南町の「農と縄文の体験実習館・なじょもん」の秋季企画展が『秋山記行を読みとく』だと先月知った。そのシンポジウムが今日と明日の一泊二日で開催されるので申し込み、参加した。

 

_1_4_1_5早朝自宅を出発。湯沢の山の湯で一浴後に津南に向かい、まずは企画展を見になじょもんに寄る。その後、シンポジウム会場の「かたくりの宿」へ。ここはかつて津南町立秋成小学校結東分校だったところ。今は温泉宿(結東温泉)に生まれ変わっている。

_1_6_1_7今日のシンポジウムは、お二方の講演と新進気鋭の若い研究者の方3名の発表。滝沢秀一氏の「私と秋山」のお話から始まり、次いで池田亨氏の「あけやま谷に探る点と線―歴史と民俗―」の講演。この話は中々興味深かった。中世から鷹巣山として入山禁止・伐採禁止の山だったが、巣守りの生活保障などのために許されたところがあり、巣鷹山の「あけやま」だった、というのだ。

_1_10_1_11高橋由美子氏の「牧之の眼・牧之の筆―秋山記行の挿絵を読みとく」は、「秋山記行」の18枚の挿絵から秋山の暮らしや民俗を読み解くものでこれまた眼から鱗。_1_12 「運搬用具と服飾のあいだ―アンギン袖無を中心として」を話してくれたのは陳玲氏。寒冷地の生活とりわけ衣生活を研究している方で、生活用具としてのアンギンを知る方法についての発表。(アンギンについては、写真参照)

鈴木秋彦氏は、「秋山郷における毛皮の製作と利用」と題し、マタギの世界の一端を垣間見せてくれた。すごく刺激的なシンポジウムで、4時間があっという間に過ぎてしまった。明日はフィールドワークもある。楽しみである。

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2009年10月12日 (月)

小諸から下部へ

_1この三連休は久しぶりの晴れ間。二日間は農作業に明け暮れ、今日は「鉄道の日記念きっぷ」の残り一枚を利用しての旅。時刻表を買っていないので新規開拓は出来ず、下部温泉に行くことにした。6:30に車で自宅を出て小諸へ行き、駅の市営駐車場に車を停めて小海線に乗り込む。

_1_2_1_3_1_4かつて小海線や身延線をよく利用したのは、南アルプスを登山した20年余り前。こうして逆ルートで利用するのは、二年ぶり。一昨年の91に「青はる」で行って以来だ。(次の記事を参照:http://salty-sugar.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_f6cf.html

_1_6 あの時は、駅名「乙女」に驚いたが、今回の発見は「国母」という駅名と「市川大門」の奇抜な駅舎。下部には、予定よりやや遅れて到着。

_1_7_1_8今日は快晴なのに大好きな八ヶ岳は、往路・復路とも雲がかかってその全姿を見せてくれなかったが、復路の中央線では南アルプスのいくつかが雄姿を見せてくれた。日本第二の北岳は見えなかったが、鳳凰三山の地蔵岳・オベリスクが見えたのは感激至極。登頂したのはもう22年も前のことだ。電車のスピードが速いのと、線路脇の樹木に邪魔されなかなか旨く撮れない。_1_9 デジタルの何倍ズームか、こんな写真でご勘弁を。復路の野辺山では、JR線日本最高駅の標でカメラの列が・・・。

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2009年10月 3日 (土)

虹から「天使の階段」へ

目覚めたら窓の外はまだ暗かった。時間が早かったからというより曇り空。が、やがて東側の窓から陽射しが・・・。Photo_3 テレビをつけて予報で確認すると、「曇り後晴れ、一部雨」とのこと。安心して出かける。電車に乗り込むと「虹が・・・」とてんこさん。西空にうっすらと虹が見えた。幸先の良いスタートだ。

今日は10月の第一土曜日。昨年同様、「鉄道の日記念きっぷ」を利用して「勝沼ぶどう祭り」に行く。今年は、ベターハーフのてんこさんも一緒だ。信越線・湘南新宿ライン・中央本線と乗り継いで勝沼ぶどう郷に向かうが、どんどん天気が崩れてきて新宿で中央本線に乗り換えた頃には降り始めていた。「一部雨」の地帯が目的地方面だったようだ。

Photo_5Photo 11:00前に勝沼ぶどう郷駅に着き、シャトルバスで会場の駐車場に向かう。会場の中央公園のグランドは一面の水溜りで足元は良くないが、かなりの人出。ワイングラスを500円で購入し、早速各蔵の試飲を始める。12:00前くらいには雨は上がり、かなり強い日差しになった。今年も全ての蔵の試飲をし、購ったのは大泉ワイナリーの「古酒甲州」。19年ものである。

Photo_2Photo_3その後、いつもの「若尾秀農園」に寄り、ぶどうの丘にある「天空の湯」まで送ってもらった。勝沼が一望できるこの丘で見たのは、天使の階段。 雲の隙間から夕日がうっすらと差し込んでいた。

Photo_4眺望抜群の「天空の湯」に浸かり、アルコールを飛ばしてから帰路に。帰宅は23:00前。お疲れさんでした。

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2009年9月22日 (火)

魅力てんこ盛りの秋山郷

_1_1_45時過ぎに起きたテンコさんが、雨になりそうだというので朝食を早く済ませテントを撤収。何とか車に積み込んだところで雨がパラパラ。 間一髪、セーフ。その後、夜に二度浸かったキャンプ場の露天に写真を撮りに行った。丁度お客さんが上がって着替えているところで撮影成功。

_1_118時過ぎにはキャンプ場を後にし、帰路へ。途中で三猿が刻まれた庚申塔を発見してパチリ。

_1_1_5_1_1_6今回の秋山郷で興味深かったのは、家屋の屋根の構造。雪降ろしをしなくても自然落下するように鋭角なのと一番天辺は牛の角のような形状だったこと。_1_12そして稲田の景観や山並みが映し出された天池の美しさなど。_1_1_7

Go_go_1 次回は、苗場山登山と他の温泉を堪能し、民俗調査もしてみたい。何度でも訪ねてみたい飽きない秋山郷であった。

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2009年9月20日 (日)

Go to 秋山郷

シルバーウィークと言われた五連休。旅仲間のJ氏から「亀の尾」の稲刈りに誘われていたが、7月後半からほとんど休みなく働いていたので、自宅でゆっくりしたいと断った。が、普段ほとんど出歩かないテンコさんが、数日前からおいしい魚介類を食べに行きたいと言い出した。珍しいことなので、じゃあと海辺の宿を探すが時既に遅し。諦めて結局、キャンプに行くことになった。娘達と9年前に道東に行って以来だ。ゆっくり絵でも描きたい、というので群馬・新潟・長野の県境にある秋山郷にgo

Photo江戸時代の文人・鈴木牧之の「北越雪譜」や「秋山紀行」などを読み、いずれ訪ねたいと思っていた。群馬の野反湖の北が秋山郷だが、この先に車道はないから結局三国峠を越えて湯沢に入り、石打・津南を回って行くしかない。高速を使わずに安中から下道で行く。およそ4時間弱で津南に着き、蕎麦で昼食。_1_11その後、津南から千曲川の支流・中津川沿いのR405号線を南下すると次第に谷が深くなっていく。屋敷温泉を過ぎてやや行くと「のよさの里」の看板。左折して急峻な細道を上ってやっと着いた。「牧之の宿」と名づけられた管理棟で受付を済ませ、オートキャンプ場へ。

_1_10_1_12_1_13 この「のよさの里」は長野県栄村の村営施設。屋根付きの通路で連結された宿泊棟が七棟、他に炊事棟を中心として放射状に13区画のオートキャンプサイトがあり、内湯のほかに眺望抜群の露天がある。実はこの露天の写真に魅せられて、予約したのだった。

Photo_2ここ秋山郷は平家の落人部落と言われ、天明の大飢饉による廃村跡が散在しているが、逆巻温泉・結東温泉・小赤沢温泉・屋敷温泉・和山温泉など泉質の異なる一軒宿の温泉が点在する温泉天国でもある。最奥には手堀の温泉で知られた切明温泉がある。そして中津川の西には鳥甲山(2038m)が、東には苗場山(2145m)が聳え立つ。太公望にはうれしい天然岩魚の宝庫・雪深い里山の民俗、温泉と登山。興味は尽きない。が、今回はテンコさんの癒しがテーマ。Photo_3 テント設営を終えてゆっくりした後は、内湯で一浴。サイトに戻って、夕飯の支度をしながら「お福正宗」を頂く。テンコさんはお疲れの様子で、先にテントへ。私は片付け後に露天で夜空を愛でながら湯に浸かり、眠りについたのだった。

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