カテゴリー「石仏」の41件の記事

2009年12月 6日 (日)

沢渡にて

1206_1 昨日、原稿を一本仕上げ、今日は久しぶりに大好きな沢渡温泉の共同浴場に向かった。出掛けの浅間山は、こんな感じ。_1

一時間半余りで沢渡に着き、共同浴場に行く前に沢渡神社の双体道祖神に会いに行った。何年ぶりだろうか? 静謐な道祖神を眺め、格子の穴からカメラを入れて撮る。

_1_2ふと、左に眼をやれば庚申塔があるが、良く見たらこれが結構面白い。台座の三猿の上に庚申塔の文字は珍しくないが、なんと台座の右下には二匹の亀が鎮座ましましている。庚申に亀の初見である。以前来た時にはまったく気づかなかった。

_1_4小一時間、沢渡温泉共同浴場に浸かり、帰りは湯原の道祖神に寄り、夕日を浴びた足がらみの濃艶な道祖神をしばし眺めて帰宅。沢渡は、色んな意味で濃い場所である。

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2009年11月 8日 (日)

倉渕・道祖神の里めぐり

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昨年は仕事で参加できなかった旧倉渕村の「第8回道祖神の里めぐり」に出かけた。今年は、てんこさんも一緒だ。九時過ぎに倉渕中央小学校に着いたが、既に100人以上の列。今年の参加者は、358人らしい。10人余りで1グループとなり案内してくれる。待つこと30分余り。_1_6やっと順番が回ってきた。_1_5案内役は、倉渕中学校の二年生・K君と1年のIさん。隠密マニアルにない質問にも答えてくれるすばらしいガイドであった。

_1_3_1今年は、約6キロの「権田コース」で、3時間半の行程。まずは、学校裏手の馬頭観音からスタート。近くにはこんな花も。_1_9_1_11塚越下の道祖神から椿名神社の道祖神まで10箇所15体の双体道祖神に出会うことが出来た。

371_1 男神と女神が雛人形のように座っている元禄時代に造られた元禄雛型の道祖神や杯を三段重ねした祝言系の道祖神など他地域には無い倉渕独自の珍しい双体道祖神が見れた。_1_4372_1肩を組み袖の中で手を握りあっている像(花輪上と上ノ久保上)は、姿態がシンメトリーで美しかった。

_1_2今日の一番のお気に入りは、水有の二体。中でも右の道祖神。 意味ありげなものを握り締め、恍惚状態(?)の女神、その隣では健やかな顔立ちの男神が合掌している。うーん、えもいわれぬ素敵な双体道祖神であった。

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2009年10月25日 (日)

サギと石仏

_1 原稿を書くときいつも向かうのは、六合村の応徳温泉・いこいの湯。今日はいつもとルートを変えて松井田から地蔵峠を越えて倉渕に向かった。自宅を出てまもなくの磯部田んぼで鷺と遭遇。_1_2サギはかなり警戒心が強いのか臆病なのか、近くで撮影するのが結構難しい。こんな近くで見たのは初めてだ。首を伸ばして稲穂を食べているように見えたが、そんなのあり? それとも虫?

_1_3 普段通らない道を眼を凝らしながら運転していると石仏群を発見。念仏塔や巳待塔・馬頭観音は良く見かけるが、初見は甲子塔。_1_4甲子待と自然石に刻印されたものもあった。_1_5一番右にあったのは、かなり磨耗しているが、間違いなく双体道祖神。旧安中市内の新発見かと心躍ったが、この地は旧松井田町だと帰宅後わかる。

1076_1なんだか不明なのは、これ。

_1_7さらに進むと寶蔵寺の石仏群。 右から念仏供養塔・二十二夜塔・三界萬霊塔・聖徳太子とあり、いずれも見たことはあるが、ここでも初見の石塔を発見。_1_6「元三大師」。おみくじをはじめて作った方のようです。

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2009年9月13日 (日)

新たな双体道祖神を発見

秋のイベント第一弾が昨日終わり、2週間ぶりの休み。午前中はまったりというかボーとしてというかなんなく過ぎてしまい、昼食後カメラを抱えて出かける。主目的は、田んぼの面白発見。案山子をはじめとした「防鳥対策」のあれこれ探しだ。(これについては、後日UPします)

_1今日は、うれしい発見が二つ。「手握り『十字』道祖神」と「空中浮遊道祖神」の発見である。前者は、7月に書いた「館(たて)の“立てない”道祖神」に程近い打越川に架かる橋の袂にあった。3月に訪ねたときには気づかなかったが、再訪してじっくり眺めていたらなんと手握り双神の頭上に十字がしっかりと線刻されているではないか。これまでに見た300基余りの双体道祖神では初見。果たして、隠れキリシタンとの関連やいかに? 周辺の聞き込み調査が必要のようだ?

_1_2ついで、「空中浮遊道祖神」。こちらは打越から北西に進み、秋間川が南に大きく蛇行している辺りにあった。_1_3 先人の著したどの本にも載っていないもの。新発見といって良いかも。だいぶ磨耗しているが、最大の特徴は雲上型じゃないのに足が高い位置にあり、浮いている感じだ。勝手に「空中浮遊道祖神」と名づけてしまった。これで安中の双体道祖神の新発見は、四基目。さて、次はどんなものに出会えるやら・・・。

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2009年7月20日 (月)

BEFORE & AFTER

  • BeforeAfter_2 修理した草かきの写真はないが、庭の一部の“BEFORE & AFTER”は、これ。次女のために7・8年前に手作りしたバスケのネットに、キュウイの蔓が巻き付き、芝の庭とは思えない草ぼうぼうの庭も少しは見れるようになった。二時で切り上げ、シャワー・昼食後、下仁田町へ。

  • 石渕橋手前で道祖神発見。文字道祖神は、嘉永七年(1857)造立とあったが、双体道祖神は痛みが激しく、姿態は不明。
    Imgp7703

だいぶ前に壊れた草かきを朝から修理し、研いで使えるようにして庭と垣根周り、畑の草刈り・草かきを行う。汗だらだらで、着衣は貼り付き、地下足袋もグジョグジョ。夏到来を実感。

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2009年7月12日 (日)

「花と道祖神」を求めて

Photo_7 昨日、安中市内の不明道祖神探しをしていて気づいたのは、名前の知らない木の花が満開だと言うこと。そういえば、私の好きな長野・真田町本原の道祖神の所にもその木はあったなーと思いだし、朝4時には目が覚めて居ても立ってもいられず早朝から出かけた。稲倉の棚田にも寄らずに一直線に向かったが、安中よりは積算温度が低いのかちょっと早かったようだ。残念。来週又来ることにしよう。

その後は、加賀井温泉で3時過ぎまで三浴しつつ、悉皆調査データのまとめ作業。昨日までで確認できた安中の双体道祖神は94基。姿態別で一番多いのは、肩組み手握り系35。次いで合掌系26基、摩耗著しく不明が23基、酒器持ちの祝言系は7基、その他3だった。祝言系が意外に少ないので驚く。

Photo_8Photo_9 帰路は、私の双体道祖神巡りの出発点となった海野宿(東御市)の道祖神に会いに行き、道すがら思いも寄らない二基の道祖神にあえて、充実した一日であった。

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2009年7月11日 (土)

館(たて)の“立てない”道祖神

1113 この道祖神を初めて訪ねたのは3月。辻で悪霊の侵入を塞ぐ神・道案内の神などといわれる道祖神が、田んぼの畦に横たわっているとはつゆ知らず、ずいぶん探し回った。「風で倒され、立ち寄る人もなく放置されているのだろう」と思いつつ、上から足が写らないように写真を撮った。

Photo_5次に訪ねたのは、6月15日。道路の反対側の畑ではおばあさんが鍬を握り、そばに愛犬が佇んでいた。私の力で起こせそうな大きさなので、立ててやろうかと一瞬思ったが、変に疑われるのも嫌なので、やめにした。

Photo_6 その後、全性寺の道祖神を撮っていたら畑にいた方が寄ってきたので挨拶したら住職さん。色々教えていただき、帰宅後写真をプリントして持参したらお茶を出され、奥さんとも話すことに。その奥さんが「館(たて)の道祖神は、見ましたか?」というので「はい」と応えたら、「あの道祖神は、建てるとよくないことが起こるから寝かせてあるらしい」という。あー、そうなんだ。勝手に立てずによかったと胸をなで下ろした。

0711 そして今日、再訪したら田んぼの水を見に来ていた方がいたので聞いたら、立てるとこの村に火事や交通事故などよくないことが起こるのだという。07111いつ頃からかは定かではないが、災厄を起こさない神ということなのだろう。全国でも珍しい謂われかも?!

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2009年7月 4日 (土)

悉皆調査も終盤

安中市にある双体道祖神の悉皆調査も終盤。これまで90基を超える道祖神に会うことができたが、残るは10基余まり。これが中々手強い。道行く人に尋ねたり、近所のお宅を訪ねて聞き込みをするが、ヒットの確率は1割以下だ。「どうそじん」さえ知らない人もかなりいる。

Photoそんな中、今日新たに会えたのは、笹原の道祖神。四度目の正直だ。訪ねたお宅の御主人が周辺の神社の神主さんで、なんと我が家のご近所・Aさんの奥さんの実兄だった。Photo_2世間は狭い。そのNさんに案内してもらった道祖神は、竹藪の中にあった。この地所のおばあさんが管理していたらしいが、亡くなってから畑に竹が入り鬱そうとしてしまったらしい。よそ者が見つけようとしたって見つかるはずもない。感謝!!

そしてもう一基は、向原(ムカイバラ)の道祖神。ここを探しに来たのは3度目だが、結構離れたところで畑仕事をしていたご夫婦に聞いて合点がいった。Photo_3「ああー、ありゃー1月に盗まれたーね。石と石の間が開いてただろう!」と旦那さん。それは、弘法橋そばの石仏群のところにあったらしい。ついさっき弘法橋に行って見てきたばかりなのに、言われるまで全然気がつかなかった。不届き者によって持ち去られたのが確認できたのは、これで二基目だ。残念で仕方がない。

Photo_4 中後閑・堀ノ内橋のそぼに佇む「風化された美」といわれる双体道祖神に立ち寄って、滅入った気を晴らしたのだった。

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2009年6月28日 (日)

「性系」道祖神巡り

今年の梅雨は、例年になく週末晴れることが多い。昨日は朝から快晴だったので、一日畑仕事。草との闘いでへとへとだった。腰や節々の痛みを和らげるべく今日は、久々の温泉行き。目指すは、六合村の「やすらぎの湯」。9時過ぎに家を出たのに、中々辿り着けない。というのも道すがら目についた道祖神に車を止め、見入っているからだ。(わざわざ寄っているともいえるが・・・)

上州の道祖神研究の双璧といえば若林栄一氏と大塚省吾氏。私が双体道祖神に嵌るきっかけとなったのは、大塚省悟氏の『やぶにらみ道祖神考』を読んだからだった。氏は神像碑の姿態を①合掌系②肩組み手握り系③酒器持ち系④幣持ち系⑤雲上像系⑥あからさま性系⑦秘めた性系⑧特殊像系の八つに分類している。六合村に行くことにしたので、今日のテーマは、「性系」道祖神。

Photo_4Photo_3

安中→旧倉渕村→東吾妻町→長野原町→六合村と1市二町二村で見た双体道祖神は、全部で17基。「あからさま性系」は、旧倉渕村・落合と六合村・荷付場の夫婦和合神を訪ねる。以前紹介した旧榛名町上室田股倉のキッス道祖神や安中市西上秋間の餅搗き道祖神と共にその世界では随分と知られた道祖神だ。

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「秘めた性系」は徳利の口が何ともエロチックな安中・杉名の像を皮切りに、六合村小雨と引沼の二基、そして現代の作造品である次の二基(安中・杉名、六合村応徳温泉Photo_9)。 Photo_7

そして旧倉渕村・落合の夫婦和合神のある森には、こんな陰陽石もあった。Photo_8

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2009年5月16日 (土)

道祖神巡りで、車のオブジェ発見

12安中の道祖神巡りに朝から出かけた。今日は近場の古屋・高別当辺りを探したが一基がどうしても見つからない。出会えた双体道祖神は4基のみ。

11今日は諦めて、下秋間に移動し川久保・八重巻の二基を探し当てた。都合一日六基は、最小記録。途中から雨模様になり、なんか疲れた道祖神巡りとなった。

Photo_2 でもお庭に車のオブジェを発見。どんなお方が住んでるのだろうか?

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